花の木ならぬ[備忘録]

清少納言の「枕草子


第四十段

花の木ならぬは(花の咲かない木は)、かへで(楓)。かつら(桂)。五葉(五葉松)。

 そばの木(要黐)、品無き心地すれど(品の無い気もするが)、
花の木ども(花の咲く木が)散りはてて、おしなべてみどりになりたるなかに(殆ど緑の葉になってしまった中で)、
時もわかず(四季の区別なく)、こきもみぢの(紅色の葉)つやめきて(つややかさ)、思ひもかけぬ青葉の中よりさし出でたる、めづらし(新鮮に感じる)。

まゆみ(真弓)、さらにもいはず(この上あえて言うことない)。
そのものとなけれど(特別と言うわけではないが)、やどり木(宿木)といふ名、いとあはれなり(とても風情があると思う)。
さか木(榊)、臨時の祭(注1、2)の御神楽のをりなど(御神楽の時など)、いとをかし(とてもいい雰囲気である)。
注、1)寛平元年(889)に始まり明治3年(1870)まで続いた京都の賀茂神社で執り行なわれた祭礼、4月の例祭のほかに、11月末の酉の日に行われた。途中で一時中断した。(北祭)
注、2)天慶5年(942)平将門藤原純友の乱平定の祭りを行ったのを始まりとして行なわれた石清水八幡宮での臨時の祭礼は毎年3月、中午の日(3月中の午の日)または下午の日(3月下旬の午の日)に行われてきた祭り。(南祭)
世に木どもこそあれ(世の中にはたくさんの木はあるが)、神の御前のものと生ひはじめけむも(神の御前の木として生えはじめたというのも)、とりわきてをかし(格別に素敵・素晴しい)。

賀茂と石清水の臨時の祭礼に関しての関連記事
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 楠の木(楠)は、木立おほかる所にも(木立の多いところでも=雑木林?)、ことに交らひ立てらず(特別に混ざってあるわけでなく)、おどろおどろしき思ひやりなどうとましきを(仰々しい様子で”この場合は凛としてかな?”で気味悪い”近寄りがたい”のだけれど)、千枝にわかれて恋する人のためしにいはれたる(注、3)こそ、たれかは数を知りていひはじめけんと思ふにをかしけれ(誰が数を数えて言いはじめたのだろうと想うと、素敵・素晴しいことです)。
注、3)古今六帖二の「和泉なる しのだの森の 楠の木の 千枝にわかれて 物をこそ思へ」から

 檜の木(檜)、また気近からぬものなれど(身近な木ではないが)、三葉四葉の殿づくり(注、4)もをかし。
注、4-1)呂・律でも知られる催馬楽に「この殿は むべも富みけり さき草の 三葉四葉に 殿造りせり」とあり、だんだんと子孫も増えて、軒端が三つも四つも重なり(三棟、四棟と)家を建て増し(富み栄え)ていくこと)
注、4-2)催馬楽にある「さき草」は別名「三葉(みつば)」

五月に雨の声をまなぶらんもあはれなり。(五月に雨の音を真似るっていうのも感慨深いものだ。)(参、1、2)
参、1)森鷗外の「伊沢蘭軒」に「孤檜終宵雨声を学ぶ」の記述がみられる。
参、2)方干「長潭五月雨氷気を含み、孤檜終宵雨声を学ぶ」

 かへで(楓)の木のささやかなるに(小ぶりなので)、もえいでたる葉末のあかみて(芽吹きだした若葉の先方が赤くなって)、おなじかたにひろごりたる(同じ向きに広がっているもの)、葉のさま、花も、いと物はかなげに(とても頼りなさそうで)、虫などの乾れたるに似てをかし(虫が干からびた姿に似て面白い)。

 あすはひの木(翌檜)、この世にちかくもみえきこえず(この周辺ではでは見聞きしない)。
御岳にまうでて帰りたる人(御獄詣でをして帰ってきた人)などのもて来める(持って帰る枝振りは)、枝ざしなどは、いと手ふれにくげに荒くましけれど(手では持ちづらそうに見えた)、なにの心ありて(何のつもりで)、あすはひの木とつけけむ(「あすは檜の木」という名前にしたのだろう)。あぢきなきか予言なりや(思うようにはならない話しだ)。たれにたのめたるにかとおもふに(誰に願っているのかと思うと)、きかまほしくをかし。(聞きたくなる。)


 ねずもちの木(鼠黐)、人なみなみになるべきにもあらねど(世間並み(一般的)という雰囲気の木ではないけれど)、葉のいみじうこまかにちひさきがをかしきなり(葉が細かく小さいのがいいの。)。楝(あふち)の木(栴檀)。山橘(藪柑子)。山梨の木(山梨)。

 椎の木(椎)、常磐木(常緑広葉樹)はいづれもあるを(多くの種類あるが)、それしも(この木だけ)、葉が滅せぬためしにいはれたるもをかし。(落葉しない例としてたとえられるのがいい。)

 白樫(白橿)といふものは、まいて深山木(さらに山深くの木)のなかにもいと気遠くて(馴染みがない)、(考、1)三位二位のうへのきぬ染むるをりばかりこそ(三位、二位の上の衣を染める時などに)、葉をだに人の見るめれば(葉だけは目にする程度である)、をかしきこと、めでたきことにとりいづべくもあらねど(素晴らしいものだというほどのものではないが)、

いづくともなく雪のふりおきたるに見まがへられ(どこともなく雪が降ったのに見間違えられ)(注、5)素盞嗚尊出雲の国におはしける御ことを思ひて、人丸がよみたる歌などを思ふに(スサノオノミコトが出雲の国を巡幸啓をなされた姿を思い浮かべて人麿(人麻呂)が詠んだ歌を考えると)、などを思ふに、いみじくあはれなり(しみじみと感じ入ってしまう。)。をりにつけても(その時その時に応じて=なすがままの自然観)、一節あはれともをかしとも聞きおきつるものは(自分で見聞をして心に留めたものは)、草・木・鳥・虫もおろかにこそおぼえね(草や木そして鳥も虫もいい加減には思わない)(注、6)。

考、1)白樫の葉を使用をした染物
http://books.google.co.jp/books?id=EhxKGwEOVoQC&pg=PA107&lpg=PA107&dq=白樫の葉で染める&source=bl&ots=Gscd0YiuSW&sig=fKitaGGEgqvlyQyyvxrV-YZym1s&hl=ja&ei=eIocStDfDJCNkAWWmv3jDA&sa=X&oi=book_result&ct=result&resnum=1#PPA107,M1
注、5)拾遺和歌集柿本人麻呂)、「あしひきの 山路も知らず 白樫の 枝にも葉にも 雪の降れれば」
山路もわからない。白樫の枝にも葉にも雪が一面降っているので。
注、6)昭和天皇は、「雑草という草はない」というお言葉を残されています。



 ゆづり葉(譲葉)の、いみじうふさやかにつやめき(とてもフサフサで艶やかなもので)、茎はいとあかくきらきらしく見えたるこそ(茎はとても赤くきらきらして見えるのは)、あやしけれどをかし(不思議な感じはするが素敵なものです)。なべての月には見えぬ物の(普段は月を目にすることはないのだが)、師走のつごもりのみ時めきて(年の瀬だけもてはやされて)、亡き人のくひもの(注、7)に敷く物にやとあはれなるに(亡き人の食べ物の敷物であるというのもしみじみしてしまう)、また、よはひを延ぶる歯固め(注、8)の具にももてつかひためるは(長寿を祝う歯固めの具にも使うという)。いかなる世にか(いつの時代だったか)、「紅葉せん世や」(「ゆずり葉が赤くなったら君を忘れるよ」)(注、9)といひたるもたのもし。

注、7)(12月晦日(おおつごもり)に亡魂を祭る)大月隠りは、年神を迎える祭であると同時に、亡き魂を迎えて祭る前夜祭でもある。師走の晦日ユズリハの葉を亡き人の食物に敷いたとされる。
亡魂は、大月隠りの午の刻(正午)に来て、元日の卯の刻(午前6時)に帰るとされる。
注、8)新年に長寿を祈り餅・猪肉・押鮎などを食す。
注、9)「旅人に 宿かすが野の ゆづる葉の 紅葉せむ世や 君を忘れむ」古今六帖拾遺)

 柏木(柏)、いとをかし(素晴しい)。葉守の神のいますらんもかしこし(葉守の神様がおわすというのは畏れ多い)。兵衛の督(左兵衛府右兵衛府の長官)・佐・尉などいふ(柏木は衛府の官の異名でもある)もをかし。

 姿なけれど(見栄えはあまりよくはないが)、椶櫚(すろ)の木(棕櫚)、唐めきて(中国っぽい)、わるき家の物とは見えず(植えられていると身分の低い家には見えない)。

       イロハカエデ(Acer palmatum Thunb.)
イロハカエデ(Acer palmatum Thunb.) posted by (C)ドラ猫


春の紅
春の紅 posted by (C)ドラ猫

 「花の木ならぬ」とはいうのだが、現実には大多数は花が咲く。


かへで(楓)
かつら(桂)
五葉(五葉松)
そばの木(要黐・かなめもち)
まゆみ(真弓)
やどり木(宿木)
さか木(榊)
楠の木(楠)
檜の木(檜)
ねずもちの木(鼠黐)
楝(あふち)の木(栴檀・せんだん)
山橘(藪柑子・やぶこうじ)
山梨の木(山梨)
あすはひの木(翌檜・あすなろ)
ゆづり葉(譲葉)
椎の木(椎)
柏木(柏)
白樫(白橿・しらかし)
椶櫚(棕櫚・しゅろ)

       ネズミモチ(Ligustrum japonicum Thunb.)
ネズミモチ(Ligustrum japonicum Thunb.) posted by (C)ドラ猫


カナメモチ(Photinia glabra (Thunb.) Maxim.)
カナメモチ(Photinia glabra (Thunb.) Maxim.) posted by (C)ドラ猫


Cercidiphyllum japonicum Siebold et Zucc. ex Hoffm. et Schult.  カツラ 標準 
Pinus parviflora Siebold et Zucc.  ゴヨウマツ 広義 
Photinia glabra (Thunb.) Maxim.  カナメモチ 標準 
Euonymus sieboldianus Blume  マユミ 標準
Viscum album L. subsp. coloratum Kom.  ヤドリギ 標準 
Cleyera japonica Thunb.  サカキ 標準 
Cinnamomum camphora (L.) J.Presl  クスノキ 標準 
Chamaecyparis obtusa (Siebold et Zucc.) Endl.  ヒノキ 標準 
Ligustrum japonicum Thunb.  ネズミモチ 標準 
Melia azedarach L.  センダン 標準 
Ardisia japonica (Thunb.) Blume  ヤブコウジ 標準 
Pyrus pyrifolia (Burm.f.) Nakai var. pyrifolia  ヤマナシ 標準 
Thujopsis dolabrata (L.f.) Siebold et Zucc.  アスナロ 標準  
Daphniphyllum macropodum Miq.  ユズリハ 標準 
Quercus dentata Thunb.  カシワ 標準 
Quercus myrsinifolia Blume  シラカシ 標準 
Trachycarpus fortunei (Hook.) H.Wendl.  シュロ 標準 

米倉浩司・梶田忠 (2003-) 「BG Plants 和名−学名インデックス」(YList),http://bean.bio.chiba-u.jp/bgplants/ylist_main.html(2009年5月27日)