光源氏
*[今日の一輪]
「*光源氏」と名前がつけられている椿である。
淡紅地に紅の縦絞りや白覆輪が入る牡丹咲き散しべというのが特徴なのだが、大輪の花という理由で下を向いて咲くことが多い。
江戸時代末期には栽培をされていて、福沢諭吉が慶應義塾を創立当時には(1858)江戸で栽培をされていたようだ。
ヒカルゲンジ(光源氏) posted by (C)ドラ猫
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「*光源氏」というと紫式部の物語「*源氏物語」で有名なのだが架空の人物とされているのだが、嵯峨源氏の正一位で河原左大臣と称される「*源融」のモデル説が有力である。
嵯峨野の「*清凉寺」(嵯峨釈迦堂)が、源融の別荘とされているのだが、自分も自宅から近かったこともあり豆腐を買い求めに行った帰りには度々立ち寄ったものだ。
正確にいうと895年に別荘を「*棲霞寺」としその境内に、987年開創されたお寺が「*清涼寺」ということになる。
境内には現在も源融の墓碑があり歴史を伝えている。